こんにちは、黒田です。
弊社は今月決算ということもあり、なかなか更新できない日々が続いておりますが、私自身は元気にやっております。
それはさておき、今回はちょっと前に話題になったテーマを取り上げたいと思います (1)。それは表題の通りで、ヨード系造影剤使用「前」のメトホルミン休薬期間はどのくらいにするのがよいか?です。
添付文書の記載
まずおさらいとして、メトホルミンの添付文書を参照すると、「重要な基本的注意」の項に以下の記載があります (2)。
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ヨード造影剤を用いて検査を行う患者においては、本剤の併用により乳酸アシドーシスを起こすことがあるので、検査前は本剤の投与を一時的に中止すること(ただし、緊急に検査を行う必要がある場合を除く)。ヨード造影剤投与後48時間は本剤の投与を再開しないこと。なお、投与再開時には、患者の状態に注意すること。
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ここでの要点は、以下の3つです。
- メトホルミン投与を中止するのは、乳酸アシドーシス予防目的である
- ヨード系造影剤の投与「前」どの時点で中止するかは明記されていない
- ヨード系造影剤の投与「後」にメトホルミンを再開できるのは48時間が経過して以降である
ヨード系造影剤+メトホルミンの相互作用は有名で、いろいろな資料・文献等で取り上げられているのを見たことがあります。思い返してみると、それらでも造影剤投与「後」については48時間という具体的な数字をあげていた一方で、造影剤投与「前」については「ヨード系造影剤を使用するときは、メトホルミンを事前に中止する」などのように、ぼかした表現がなされていました。これらは、もちろん上記の添付文書の内容を反映しての措置でしょう。
ヨード系造影剤使用後の再開時期については、このように明記されている以上、迷うことはまずないと思います。しかし、ヨード系造影剤を使うどのくらい前から休薬すべきか?にはこうした基準がないため、それぞれの病院で独自に決めたルールにて実施されているのが現状だと思います (おそらく、投与後と同じ48時間前から休薬としている施設が多いのではないかと推察します)。
そもそも、造影剤投与後の再開が48時間で可能になるのか、その根拠となったデータも気になるところですが、添付文書からはこれ以上の情報を得ることは望めそうにありません。したがって、もう少し別の文献を紐解いてみる必要がありそうです。
各種ガイドラインの記載
そこで、システマティックレビューの検索を行ったところ、役立ちそうな文献を発見しました。Referenceの3番です (3)。この問題について言及している複数のガイドラインをレビューし、それぞれの相違点をまとめたものです。取り上げられているガイドラインは、以下の5つの組織から出されているものです。
- American College of Radiolog:ACR
- Royal Australian and New Zealand College of Radiologists:RANZCR
- Royal College of Radiologists:RCR
- Canadian Association of Radiologists:CAR
- European Society of Urogenital Radiology:ESUR
問題のメトホルミン休薬時期についてですが、上記5つのガイドラインでは腎機能「normal」と「abnormal」とで分かられています。つまり、腎機能正常例と異常 (=腎機能低下) 例とで別の基準を設けているのが特徴といえます。その内容については、下に引用した「Table 2」の通りですが、要点を併せて日本語訳しておきます。
腎機能正常例
- ACR:メトホルミン休薬の必要はない。ただし投与後48時間は次の投与を控える。乳酸アシドーシスの合併症を有している場合、造影剤使用時にメトホルミン投与を中止する
- CAR:メトホルミン休薬の必要はない。造影剤の投与量が100mLを超える場合は、投与後48時間はメトホルミンを中止する
- ESUR:造影剤投与時にメトホルミンを中止する
- RCR:メトホルミン休薬の必要はない。造影剤の投与量が100mLを超える場合は、投与後48時間はメトホルミンを中止する
- RANZCR:メトホルミン休薬の必要はない。腎機能がボーダーライン上あるいは不明の場合は、造影剤投与時にメトホルミンを中止する
腎機能異常例
- ACR:造影剤投与を行うときにメトホルミンを中止する
- CAR:造影剤投与を行うときにメトホルミンを中止する。造影剤投与の48時間前からの中止は、重度あるいは急性の腎傷害が生じている場合を除けば、一般に必要ではない
- ESUR:造影剤投与48時間前からメトホルミンを中止する
- RCR:待機検査を行う48時間前にメトホルミンを中止し、造影剤投与後48時間以上は中止を維持する
- RANZCR:ヨード系造影剤投与前にメトホルミンを中止する (具体的な時期の指定なし)
補足しますと、上で「造影剤使用時に」や「造影剤投与を行うとき」などと書いているものは、「at time of injection」の和訳です。したがって、文字通り造影剤を投与するまさにそのときにメトホルミンを中止する、ということです。実際には、造影剤の注射とメトホルミンの内服をまったく同時に行うように計画することは事実上ありませんから、造影剤投与を行う直前のメトホルミン服用を1回だけ控えることになるでしょう。
さて、5つのガイドラインをみますと、腎機能正常例に関してはほぼ一貫して、事前のメトホルミンの中止は必要でないというスタンスをとっています。また、造影剤投与後についても、日本の添付文書にあるような一律48時間中止という形ではなく、造影剤の投与量が多い場合や、その他ハイリスクな場合に限って休薬を行うことが推奨されています。総じて、日本の添付文書と比較すれば厳しくない立場といってよいでしょう。
一方で腎機能異常例、すなわち腎傷害を有する患者の場合は、ガイドラインごとに意見が分かれています。ACRやCARが1回スキップすればOKという立場をとるのに対し、ESURとRCRは造影剤投与前後48時間はメトホルミンを休薬すべきと主張しています。後者の方が、日本の添付文書の立場に近いものでしょう。
このように、見解が分かれているのが現状のようです。しかしながら、医学・薬学的には添付文書に記載されているような一律での休薬は必要ない可能性があることはいえそうです。もちろん、休薬しない場合には乳酸アシドーシスのリスクは増大するでしょうが、休薬する場合でも医師の指示や配薬を行う看護師の手技等が煩雑になるデメリットがあるため、一長一短でしょう。個々のケースでリスクを評価し、その都度弾力的な対応ができるようにしていた方がいいのではないか、と個人的には考えます。
冒頭で挙げた事例
以上を踏まえて、冒頭で引用した日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業報告書で取り上げられた事例を今一度みてみます (1)。
ここでは、ヨード系造影剤使用にあたってメトホルミンの休薬が行われなかった3つのケースが紹介されています。しかし内容をよくよく見てみると、実際に有害事象 (乳酸アシドーシス) が生じたのは1件で、残り2件は事後的に休薬していなかったことに気づいたものの、明らかな健康被害はなかったものです。しかも、報告書には患者の腎機能に関する情報はおろか、年齢・性別といった基礎的なデータも記載されていません (4)。これでは、ここから有意義な教訓を読み取ることは難しいと思います。
ただし、補足しますと上記3ケースのうち2ケースでは、医療従事者の一部にメトホルミンがヨード系造影剤使用時に休薬を要する可能性がある薬剤と知らなかったことが、原因の一部であると考えられます (残り1ケースは、患者が服用している薬剤がメトホルミンと特定されていなかったので、除外します)。したがって、こうした知識を周知するという点においては、この報告書は有用だと思います。
では、また次回に。
Reference
- http://www.medwatch.jp/?p=21294
- メトグルコ錠 添付文書 大日本住友製薬株式会社
- Goergen SK, et al. Systematic review of current guidelines, and their evidence base, on risk of lactic acidosis after administration of contrast medium for patients receiving metformin. Radiology. 2010 Jan;254(1):261-9. PMID: 20032157
- http://www.med-safe.jp/pdf/report_53.pdf